――番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝え致します。先ほど《モッコリンポ庁》から、《ちゃいまんがな海》に巨大生物が出現したとの情報が入りました。繰り返します。先ほど《モッコリンポ庁》から入った情報によりますと、14時59分ころ、我が国と《ポンポロ国》、《ウピーン国》、《シャブン国》に囲まれた《ちゃいまんがな海》に極めて巨大な生物が現れたとのことです。これは決して創作ではありません。まぎれもない事実です。近くで別の取材をしていた当局のリポーターとカメラマンがヘリで現場に急行していますので、呼んでみたいと思います。《へちま係長》さん、現場の様子はどうですか?
――『はい、こちらは現在、ヘリで《ちゃいまんがな海》上空に来ています! 我々は今、とても信じられないものを目にしています! 《ちゃいまんがな海》の中央、我が国と《ポンポロ国》、《ウピーン国》、《シャブン国》との間で領海問題が紛糾し、紛争寸前にまでなっている、ちょうどその地点に巨大な、超巨大な生物が出現していますッ! 二足歩行の超弩級生物、恐竜タイプの大怪獣です! 海上に現れている上半身だけでもおおよそ千数百メートル、《ちゃいまんがな海》の平均水深を考えると全長三千メートルはゆうにあると思われる、とてつもない巨大さですッッ! 大怪獣は現在、領海問題が起きているエリアをゆっくりと北西の方角――《ウピーン国》に向かって波を立てながら進んでいます! それではもう少し、もう少し大怪獣に接近して詳しい様子をお知らせしたいと思います! 見えますでしょうか? 黒くごつごつした岩石のような皮膚、牙がむき出しの凶暴そうな顔付き、鋭く尖った手の爪――こ、こんな、こんな大怪獣が現実に存在するなんて、こうして目にしていても信じられませんッ! あっ、大怪獣がこちらを向きましたッ! 我々は今、大怪獣ににらまれていますッッ! ああっ、大怪獣が口を開いて、何か光――――――』
――《へちま係長》さん! 《へちま係長》さんッ! どうしました、《へちま係長》さんッ! 映像が……強い光とともに途切れてしまいました……いったい何が起こったのでしょう? 続報が入りましたら、すぐにお知らせ致します。視聴者の皆さんはどうかパニックにならず、冷静な行動をお願い致します。――
――ニュースをお伝え致します。一昨日、《ちゃいまんがな海》に突然出現した大怪獣に対し、各国政府は海軍を中心とした国土防衛態勢を整えました。我が国はもちろんのこと、《ポンポロ国》、《ウピーン国》、《シャブン国》も大怪獣が自国の領海に入り込んだときは、昨日《ウピーン国》がそうしたように攻撃を加えて追い払う方針です。各国の国民は海中から現れた脅威によってパニック状態になっており、空港には海外に脱出しようとする人々が引きも切らず詰めかけています。――
――ニュース解説のコーナーです。《ちゃいまんがな海》の領海問題エリアに大怪獣が出現してから今日で二週間が経過します。気まぐれに移動して陸地に近付き、そのたびに軍の攻撃を受けて追い払われている大怪獣ですが、戦闘機の機関砲やミサイルは効かず、弾道ミサイルが直撃してもほとんどダメージを受けないため、解決のめどは全く立っておらず、国民はいつ上陸されるか分からないとおびえて暮らしています。大怪獣騒動の影響を受けて株価は急落し、経済は深刻な状態に陥っています。このような状況において各国政府は、大怪獣の出現ポイントを領海に含む国に対して速やかに大怪獣退治を行うように要請し合っています。今回は国際部の《マンゴー大納言》解説委員に大怪獣問題について詳しく解説してもらいたいと思います。では、《マンゴー大納言》さん、お願いします。
――はい、国際部の《マンゴー大納言》です。今お話にありましたように、恐ろしい大怪獣を退治することができていないため、《ちゃいまんがな海》を囲む四カ国国内は混乱状態にあり、とりわけ経済面で深刻なダメージを受けています。
――大怪獣に襲われる危険がある四カ国に対して、外国人投資家の大半は資金を引き上げていますし、為替レートの減価も著しく、輸入業は壊滅的な大打撃をこうむっています。観光業のダメージもひどく、先ごろ大手旅行会社数社がそろって破産手続き開始を裁判所に申し立てたことは記憶に新しいです。
――はい。四カ国それぞれがそうした状況に置かれているため、早急に大怪獣を退治する必要があります。
――ですが、今のところ、我が国も含めた四カ国は、自国に大怪獣が近付いたときに空と海から攻撃を加えて侵入を阻み、追い払う対応にとどめています。どの国も総力を挙げて大怪獣退治に取り組んでいないのは、なぜなのでしょうか?
――それは、大怪獣出現地点の問題が絡んでいるからです。ご存じのように大怪獣が最初に現れたポイントは、四カ国間で領海問題が紛糾していた場所でもあります。大怪獣が出現する以前、四カ国は水産、鉱物資源などが豊富な、黄金の海域と呼ばれるこのエリアをめぐってそれぞれが領海であると主張してきました。
ですが、大怪獣が出現し、その脅威がはっきりするにつれて状況に変化が生じました。大怪獣は攻撃されれば、それを嫌って進行する向きを変えはするものの、接近した戦闘機を口から吐く熱光線で撃墜し、ミサイル攻撃にさらされてもほとんどダメージを受けていません。仮にこの大怪獣を退治しようとした場合――もっとも倒せる保証もありませんが――莫大な資金が必要になり、下手をすると大怪獣を倒す前に国そのものが潰れてしまいかねません。
――黄金の海域を領海とするために、国をかけてまで大怪獣退治に取り組むことは割に合わないということですね?
――ええ。たとえどうにか大怪獣を退治することができたとしても、国自体が疲弊していたら他国に漁夫の利を得られてしまいかねません。自国が潰れる危険を冒すよりは主張を取り下げ、出現ポイントを領海に含むとしてきた他の国に大怪獣退治の責任を負わせるとともに、これまでにこうむった被害の賠償をも求めようとしているのです。
――すでに《ポンポロ国》の《しっぽり丸大統領》、《ウピーン国》の《ペポちゃん総書記》、《シャブン国》の《ふも助国家主席》がそれぞれ領海の根拠としてきた周辺の島々の領有権放棄を発表し、一刻も早い大怪獣退治を他国に要請していますね。
――はい。しかしそれは責任転嫁以外の何物でもありません。我が国の《パンダゴロー総理》も先日の記者会見でそのことを指摘しています。これまで歴史や過去の文献を持ち出し、軍艦による領海侵犯を行ってまで強硬に主張しておきながら、事態が変わった途端にそれを一変させることは許されません。政府としては《ポンポロ国》、《ウピーン国》、《シャブン国》の為政者たちのこれまでの言動を踏まえ、大怪獣出現ポイントを領海に含むこれらの国々に大怪獣退治を引き続き要請していくつもりであり、世界の警察を自任する《チッチ国》や国際組織である《ハクサイねこ連合》にも訴えていくつもりです。
――分かりました。ありがとうございます、《マンゴー大納言》さん。――
――今日のトップニュースです。大怪獣出現からすでに一カ月、いまだに大怪獣が《ちゃいまんがな海》をうろついていることに国民の怒りが爆発した《シャブン国》では、領海に含むと一方的に見なされている我が国の企業に対して数十万人規模のデモが起こり、その一部が暴徒化して店舗や工場を次々に襲い、破壊と略奪を行うという大事件に発展しました。これまでのところ、推定被害額は数十億にのぼるだろうと見込まれています。他方、《ポンポロ国》と《ウピーン国》の間では、国境付近で小規模な軍事衝突が繰り返し起きています。我が国でも毎日各地で数万人規模のデモが起こり、領海であることをきちんと他国に認めさせることができない外交への不満が叫ばれています。こうした状況を見かねた《チッチ国》の《オマル・ド・カテリーナ大統領》は、事態の早期解決を目指して《ハクサイねこ連合》に働きかけを始めた模様です。――
――この時間は、予定を急きょ変更して特別番組を放送致します。《ちゃいまんがな海》に出現した大怪獣問題について、我が国を始めとする関係四カ国は、《ハクサイねこ連合》の《もっさりマイケル事務総長》の働きかけを受け、一致団結して当たることで合意しました。各国の社会を混乱させ、経済に大打撃を与え続けている元凶に対して力を合わせて立ち向かうことになったのです。大怪獣退治には《チッチ国》の《オマル・ド・カテリーナ大統領》も協力を申し出ており、開発中の新兵器が投入されるという情報もあります。理由はどうあれ、利害が対立し、たびたび衝突してきた四カ国がこのように手を握るのは歴史的快挙とも言えます。大怪獣問題は、これにより解決に向けて大きく動き始めることになるでしょう。――
――速報です! 《チッチ国》の協力を受けた我が国と《ポンポロ国》、《ウピーン国》、《シャブン国》が二時間ほど前に開始した大怪獣退治作戦は、大怪獣の絶命で幕が下りましたッ! 多大な犠牲を払いながらも我々は勝利したのですッ! 各国の懸命な攻撃で追い詰められた大怪獣にとどめを刺したのは、《チッチ国》が開発した新兵器《ハイパーポローン弾頭ミサイル》でした。この新兵器の直撃を受けた大怪獣の上半身は、ほとんど原形をとどめないほど吹き飛んだのです! 核のように環境を汚染することもないこの兵器は、《ちゃいまんがな海》の貴重な資源をほとんど損なわずに残すことにも成功しました! 脅威は去りましたッ! 我々人間は大怪獣に勝ったのですッッ!――
――臨時ニュースをお伝え致します。《ちゃいまんがな海》の黄金の海域を領海であると主張していた《ウピーン国》が、《ポンポロ国》にミサイルを撃ち込む暴挙に出ました。《ちゃいまんがな海》では、放棄されたはずの島々の領有権とそれに付随する領海範囲を《ポンポロ国》、《ウピーン国》、《シャブン国》が再び主張して実力行使も辞さない態度を見せ始めたため、政府はこうした不誠実な国々の主張を認めてしまうことが《ちゃいまんがな海》海域の安定を損なうと判断し、我が国の領海に含むと再び訴えていくことを先日閣議決定しています。そして今回の領海をめぐる争いをさらに複雑にしているのは《チッチ国》です。大怪獣退治での功績で発言力を強めた《チッチ国》の《オマル・ド・カテリーナ大統領》は、《ちゃいまんがな海》海域の安定のため、海域の管理は《チッチ国》が行うという一方的な声明を発表し、《ハイパーポローン弾頭ミサイル》をちらつかせています。混迷を極める《ちゃいまんがな海》情勢に、国民の一部からは、一時的とはいえ、国々を一致団結させた大怪獣の再出現を願う向きもあります。――
(了)
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